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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)691号 判決 1976年4月30日

理由

(一)  控訴人が昭和四四年中に本件土地を競落し、爾来、それを所有していること、被控訴人が昭和四六年四月一日以降、法定地上権に基づき、本件土地上に本件建物(ただし、附属建物を除く)を所有していること、本件建物につき、同年同月九日に被控訴人のために所有権移転登記が経由されたこと、及び右法定地上権の地代が未だ定まつていないことは、いずれも当事者間に争がない。

(二)  ところで、《証拠》によると、本件土地上には、先ず昭和二五年二月中に、木造瓦葺平家建居宅(床面積六五・五五平方メートル)が建築せられ、次いで昭和二七年一一月三〇日頃に、本件建物の内の附属建物が建築せられ、更に昭和二九年一二月三一日頃に、右居宅につき増築がなされて、その床面積が七八・九四平方メートルとなり、ここに本件建物が完成したが、昭和四七年八月二〇日頃に右附属建物が取毀されて、現在に及んでいるところ、右居宅は専用住宅であることを認めることができる。この認定に反する資料はない。

ところで、右居宅の増築は、それによる増加床面積が僅かに一三・三九平方メートルであつて、二割程度の床面積の増加を来したのに過ぎないから、当該増築は、極めて部分的な増築であつて、建物の同一性を失わしめるものではなかつたといわなければならず、右増築が実質的には改築に該るものであつたとは、到底いうことができない。そうすると、床面積六五・五五平方メートルの前記居宅が建築されて以来現在まで、本件土地の地代については、地代家賃統制令の適用があるものといわざるを得ない(なお、右附属建物の建築は、床面積五・九八平方メートルの浴場と、床面積八・六六平方メートルの物置という前記居宅についての純然たる附属建物の建築であつたから、その建築により、本件土地の地代につき、地代家賃統制令の適用がなくなる性質のものではない)。

(三)  そして、民法第三八八条所定の法定地上権の地代も、右統制令第二条所定の地代であるから、本件地上権の地代は、同令の適用の下に定められるべきものである。ところで、同令によれば、同令所定の地代の統制額には、停止統制額(第四条)と認可統制額(第六条ないし第八条・第一〇条)とがあつて、それらの額が相当でないと認められるに至つたときは、建設大臣において、それらの額に代るべき額を定め、その額を新たな停止統制額又は認可統制額にするという仕組になつている。従つて、本件地上権の地代も、建設大臣が同令に基づき建設省告示の形式で定めた右統制額の範囲内において定めるべきものであるところ、本件地上権の地代は、裁判によつて定める関係上、同令第一〇条との関係を考える余地がある。同条は、「地代又は家賃について、裁判、裁判上の和解又は調停によつて、その額が定められた場合には、その額は、これをその地代又は家賃についての認可統制額とする」旨を規定しているから、裁判、裁判上の和解又は調停(以下、この三者を一括して裁判等という)によつて地代を定めた場合には、その額が当該土地の統制額を超えて定められたときでも、適法有効であることは明らかである。しかしながら、右統制令が、地代を統制することにより、国民生活の安定を図ることを目的として制定されたものであり(第一条)、統制額を増減し得る権限を都道府県知事に属せしめ(第七条ないし第九条)、統制額の修正権限を建設大臣の専権となし(第五条、借地の貸主に対し、借地につき統制額を超えて地代の額を契約し又は受領することを禁止する(第三条)とともに、これが脱法行為をも禁じ(第一二条)、それらの違反者に対しては、懲役又は罰金を以て処断することにしている(第一八条)などの点に照らして考えるときは、裁判等によつて地代額を定める場合においても、当該土地の地代の統制額を超える額を定めなければならない当該具体的場合における個別的な特別事情のない限り、その統制額の範囲内において当該地代を定めるべきものであると解するのが相当であるというべく、若しそうでないとすると、裁判外で地代を定める場合には、法律上絶対に越えることができない制限としての統制額が、裁判等の手続によつて地代を定める場合には、た易く越え得ることになつて、これが裁判等の手続を濫りに利用する傾向を招来し、同令第一二条の脱法行為禁止の規定を潜脱する事態をも頻発せしめ、建設大臣ないし都道府県知事が、前記各権限に基づき、その専門的知識を駆使し、政治的・経済的・社会的諸見地から、諸般の事情を綜合考量して、折角厳格に定めた統制額の作用する範囲を徐々に失わしめ、遂には同令を死文化せしめるに至るおそれがあると考えられるのである。従つて、同令第一〇条の立法趣旨は、裁判等により地代が定められた場合に、偶々その地代額が当該土地の統制額を超えていたということにより、その地代の定めを統制額超過部分につき無効とすることは、裁判等の性質に鑑み、好ましいことではなく、それを一部無効とするよりも、むしろ、同令運用の任に当る裁判所が、同令の立法趣旨に従いつつ判断し、妥当と考えて定めたと思料される当該地代額を尊重し、それを有効と認めたほうが適当であるとの観点から、その定められた額をそのまま是認することにし、当該額を当該土地の新たな認可統制額として取扱うことにしたものであると考えられるのである。換言すると、右規定は、右統制令下における行政庁の権限行使に基づく制限枠を、裁判所が関与した手続によつて定められたものに限り、裁判所の判断を尊重して、解除することとし、以て行政権と司法権との間の調和を図つたものであると解せられるのである。そうすると、裁判所としても、右規定により統制額を超える額を定めるについては、極めて慎重でなければならない筋合であり、法定地上権の地代の決定に当つても、前記特別な事情のない限り、右規定によることなく、当該土地の地代の統制額の範囲内において定めるべきものであるといわなければならないのである。

(四)  ところで、本件地上権の地代につき、本件土地の地代の統制額を超えた額を定めなければならないような前記特別な事情の存在は、本件における全立証を以てしても、認めることができないから、本件地上権の地代は、本件土地の地代の統制額のとおり定めるが相当と考えられる。そこで、その統制額をみてみるに、《証拠》によると、本件土地の固定資産課税台帳登録価格は、昭和三八年度が金一二万六九九〇円、昭和四六年度及び昭和四七年度がいずれも金二〇三万三五〇〇円、昭和四八年度ないし昭和五〇年度がいずれも金四一四万九九九七円であり、固定資産税課税標準額は、昭和四七年度が金六九万四二二九円、昭和四八年度ないし昭和五〇年度がいずれも金九七万一二二九円であり、固定資産税額は、昭和四六年度が金七四七六円、昭和四七年度が金九七一九円、昭和四八年度ないし昭和五〇年度がいずれも金一万三五九七円であり、都市計画税額は、昭和四六年度及び昭和四七年度がいずれも金四〇六七円、昭和四八年度ないし昭和五〇年度がいずれも金八二九九円であることを認めることができるから、昭和四一年建設省告示第一一四〇号、昭和四六年建設省告示第二一六一号、昭和四八年建設省告示第九八七号、昭和四九年建設省告示第六二四号によると、本件土地の地代の統制額は、昭和四六年四月九日から同年一二月三一日までは一ケ月金一一九四円(その算式は、〔{(12,6990×22/1,000)+7,476}×1/12〕+(4,067×1/12)=1,194.73である)、昭和四七年一月一日から昭和四八年三月三一日までは一ケ月金四〇四一円(その算式は、〔{(694,229×50/1,000)+9,719}×1/12〕+(4,067×1/12)=4,041.45である)、昭和四八年四月一日以降は一ケ月金五八七一円(その算式は、〔{(971,229×50/1,000)+13,597}×1/12〕+(8,299×1/12)=5,871.45である)となる。

(五)  そうすると、本件地上権の地代は、右統制額のとおり定められるべきものであるところ、原判決は、右統制額を超える額を本件地上権の地代として定めているから、その超える部分に限り不当であるといわなければならない。よつて、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却し、被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決主文第一項を変更して、本件地上権の地代を右統制額のとおり定めることにし、なお、原判決添付目録第一の記載中に誤記があるので、主文掲記のとおり更正

(裁判官 坂上弘 裁判官 諸富吉嗣 竹内貞次)

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